なかちづ



一緒につくった夕飯を食べて、その洗い物をする私。
お気に入りのソファに座って、大好きなプリンを手に持ち、スプーンを口で咥えてニュースを見る秀二。
日常の何でもない時なのに、どうしてこんなに不安が身体を浸食するのだろうと千月は秀二から眼を逸らして俯いた。

秀二の使ったグラスをすすいで、蛇口を捻る。
丸く固まる雫をじっと眺める、無意識に自分と重ね合わせてしまった。


----------落ちるのを待つだけ


手が荒れるから冬でも冷水で洗い物をした手は悴んでいる。
両方の手を擦り合わせながら、ハンドクリームをぬろうと思ったところでクスクスと笑い声が後ろから聞こえた。

「探し物はこれですか、お嬢さん。」

少し節をつけて茶化したような秀二は手に千月のハンドクリームを持っていた。
ソファの背もたれのへりに自分の腕を這わせて、千月を誘うような姿勢をして。


相変わらず察しがいい、そんなに分かりやすいのだろうか私はと疑問に思いながら千月は秀二の横に腰を下ろす。
二人で何件も回って探したソファは革の匂いが嫌いな秀二に合わせて柔らかい布のものだ。
立ちっぱなしだった千月の身体を優しく受け止める。


「手出して。」
そう言いながら、千月の右手を取る。
有無を言わさぬ行動にだって、もう慣れた。
千月が諦めのような苦笑いを浮かべる表情も何度したか分からない。

「現役医師にハンドクリームを塗っていただけるなんて光栄です。」
じわりと秀二の体温が手から千月に伝わっていく。
それだけで何かが満たされていく、今まで付き合ったどの男性にもなかった感覚を秀二はくれる。


「テクニシャンですからね、俺は。」
秀二はキャップを外してチューブから少量のクリーム取りだすと、時間をおいて人肌に温める。
手のひらから指先へマッサージをするような手つきでハンドクリームを塗りこまれるので、千月はついつい夢心地になる。


「まったく、人が頑張っているのにうとうとするなって。」
つんと鼻をつつかれて、はっとした千月の前には秀二の顔があった。

「ちょ、近いんじゃない。」
艶やかな表情を浮かべた秀二に恥ずかしくなって、顔を逸らしながら左手を差し出す。

「今更恥ずかしがるなんて、my sweet kittyは可愛いですねぇ〜。」
千月を一層追い込むように耳元でそう呟いて秀二は顔を離す。


こんなに幸せなのに時々不安を感じるのは何故なのだろう。
自分自身も分からないのだ、それが一層千月を不安にさせる。
視線を落とすと涙がこぼれそうになった。


「はい、左手も終わり。」
しかし、秀二は千月の手を離そうとしない。
「ちょっと秀二。どうしたの。」
黙りこくった秀二によぎった不安がまた身体を浸食して、手も冷たくなっていく気がする。

「仕上げがまだなんだ。」

千月の左手を顔の高さまで持ち上げると秀二はポケットを漁った。

そして、千月の薬指に感じた冷たい感触がくる。


「結婚しようか、千月。」


そういって秀二は千月にはめたリングの上からキスをする。


千月は何か言葉に出そうとするのだが、その前に涙が落ちてくる。
先ほどこぼそうと思った涙とは違うそれが、熱くなった頬を伝う。
全身が暖かい何かに満ち溢れている。

「千月の全てを受け止めてあげる。だから俺のものになって?」

視線を上げれば、優しく笑う秀二が目に入った。


------------返事なら決まっている


「………はい。」
言いたいことはいっぱい胸にあるのに言葉にならない。

千月の涙を指で拭って、秀二は頬に手を添えた。

誓いのキスが降り注ぐ。




私の最後の最愛の人
(そしてあなたの最愛の人が私)


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