みかあさ



鹿児島が日本列島の南にあることが嘘のような雪景色が眼前に広がっている。
窓ガラスに触れると外の寒さが指先に伝わる、そのまま指を滑らせてみる。
少し曇ったガラスに1本の縦線がはいる。
コタツから乗り出した身体を元に戻して指でクリアになった部分から雪原を眺めると、レナは子供の頃を思い出した。

真っ平らな雪の絨毯に1番最初に足跡をつけることが好きだった。
あの空間を自分のものにできたような気がした、月に旗を立てた人と同じなのだと勝手に優越感に浸っていた。

さすがにこの年になるとあの頃のように無邪気にはしゃぐことはなくなった。
いや。去年の今頃、東京に雪が降った時にはタレ目の彼に雪玉を投げつけた記憶がある。
------あれ?私、もしかして子供のころから変わっていないんじゃ…

そんな思考を頭の隅に追いやるようなトントンと包丁の音が聞こえて、ふと視線を移す。
台所で母親がおせちをつくる少し小さくなった背中が見えて、その暖かな光景に似つかわしくない感情が湧きあがってくる。

「いつになったら、お母さんになれるのかな」

ぽつりと呟いた言葉は白いもやとなり、暖かな部屋の空気に溶けていった。



黒髪でタレ目の彼と付き合ってもう4年になる。
お互いにそんな話も出てくる年齢になっているが、全くその素振りはない。
だからと言って別れるつもりもないが、少し不安があるのは否めない。

はぁと溜息をついて、こたつのミカンに手を伸ばそうとしたところで携帯が震えた。
ディスプレイに「三上亮」の文字が見えて、レナは慌てて携帯を片手にリビングを出た。


リビングから離れた階段の前にきて、通話ボタンを押す。
足裏から廊下の冷たさが伝わって身震いをする。
「もしもs「遅えよ。」
相変わらずの不機嫌そうな声にイラッとくるが、同時に安心を感じてしまう。
「ゴメンね。亮も実家でしょ、今大丈夫なの?」
最初の頃は毎回突っかかっていた、彼の物言いにも慣れた。

「ガキの相手なんてしてられるかよ。ったく、どいつもこいつもお年玉せびりあがってウザいんだよ。」
たしかに子供を相手するのは苦手そうだ、眉間に皺をよせながらもお年玉をあげる亮を想像して口元が上がる。

「金額もバカにならないしねー。」
近い年の従兄弟も結婚して、今年子供が生まれた。
年々金額の増えていくそれは年始の痛い出費ではある。

「たしかに。………なぁ、レナ。」
突然、尻切れ悪くなった亮に自然と背筋が伸びる。
彼は多分、右手で携帯をもって左手でこめかみをなぞっている。
言いにくそうなことを言う時の癖だって、目を閉じれば鮮明に浮かんでくる。


「取り返そうぜ、結婚のご祝儀で。」


言われた言葉の意味が呑み込めず、呼吸を止めてしまった。
ひゅっという息を飲む音が廊下に響く。

「亮、何言って………。」

お酒が入っていて、ノリで出てきた言葉だろう。
そう思って、自分を落ち着かせる。

「まっ、続きは帰ってきてからな。覚悟しとけよ。」

言い逃げかよと突っ込みたくなるが、その言葉を言うや否や電話を切られる。


携帯を握った手から暖かさが全身へと巡る。
思わず触れた頬に血が集まっているのが鈍くだが、伝わってくる。


来年の今頃は父の好きなお土産をリサーチして、亮と2人でこの家に戻ってくるのだろうか。
あるいは彼の実家に行くのだろうか。
想像するだけで、くすっと笑みがこぼれる。


「覚悟しとけってことは、期待するよ。」

呟いた言葉は冷えた空気に解けたが、暖かい熱を残した。



あなたにつける私の足跡
(わたしはあなたのもので、あなたはわたしのもの)


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